葬儀社の厳選方法と家族葬の詳細について(横浜版)
典型的で一般的な葬儀と、家族葬を数年の内に、両方経験しました。
父の葬儀の時、地元の葬儀屋さんに全てをお任せしてしまいました。それは本当に心に余裕がなかったからなのですが、悲しみにくれるより先に、忙しさが来てしまうような不思議な感覚で、絶望感の中で、体も頭も動かさなければならないのは本当に辛かったです。
本来なら、思い切り悲しみに暮れ、その事実を乗り越える為の儀式であろうはずなのに、接待やお金の勘定に追わられなければならなく、悲しみは葬儀が一通り済んでから大きな波となってやってきたのでした。
葬儀というのは「死」を取り扱う内容が内容であるだけに、「葬儀社が出してくる値段などにケチをつけるようなマネはしたくない」、と、どこかで思ってしまうのは私だけではないような気がします。
実際、私も母も、不透明な詳細部分や追加料金などについて、葬儀社につっこむ気力も体力もありませんでしたし、こんな時にお金のことにこだわるのはいけないことの様な気がしてしまったのです。
現実的に、典型的な葬儀における請求額は、詳細が不透明な部分が出てくることも有り得ます。ただ、大事な人の最後に、そんな争いをしたくない、と黙ってしまうのが大部分の現状なのではないでしょうか。
バブルの時代は葬儀も盛大でした。現在はどうでしょう?体裁の為だけに、既存の葬儀をすることで悲しみは癒されるのでしょうか。我が家は父の時学んだ点から、祖母を見送る際、家族葬を取り入れました。
ただただ一緒に同じ思いを持ってくれている人々と、時間を共有し、見送り、心の整理をつけたい。最後のお別れの時に、純粋に集中できたら・・・。
必要なのは、少しの勇気と・・・正しい葬儀社選びでした。